山田美緒(ルワンダ)の経歴!家族(旦那・子供)から活動内容まで!

山田美緒(ルワンダ)の経歴!家族(旦那・子供)から活動内容まで!

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世の中にはホント、パワーのある人がいるものです。

今回ご紹介する山田美緒さんもその一人です。

女性一人で自転車でのアフリカ縦断の挑戦、そして、ルワンダへの家族での移住…

どこからそんなパワーが出てくるのでしょうか。

そんな山田美緒さんについて、読売テレビ系、「グッと!地球便」で4月21日に放送されます。

ここでは、山田美緒さんの経歴を調べ、パワーの源や、現在の活動内容について調べてみましょう。

(アイキャッチ画像はhttp://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/storyz/storyz_alumni/201809_storyz02より引用)

山田美緒さんのプロフィール

プロフィール

氏名 山田美緒(やまだみお、旧姓山崎)

年齢 36歳

出身地 大阪府池田市

最終学歴 大阪外国語大学外国語学部アフリカ地域文化学科卒

家族 夫、7歳・5歳・3歳の三児

肩書 池田市観光大使・高知県観光特使・エリトリア共和国観光親善大使

 

子供の頃から体を動かすことが好きで、自身「気合と根性はあった」と語るとおり、高校時代は剣道部で、家で毎日千本の素振りをしていました。

また、「努力すれば報われる勉強は好き」ということで、英語はいつも成績トップ。

若い頃から人一倍の努力家だったんですね。

 

そんな人がオトナになっていくとどうなるか。

「女性では他に誰もやらないだろう」と、アフリカを一人で自転車で縦断することを決意します。

そんな無謀なことを家族が承諾するはずがありません。

お母さんが「足の骨を折ってでも行かせたくない」と猛反対するも、資金をしっかり調達。

前準備として、日本一周するなどして、大学3年の終わりに休学して、アフリカへ渡ります。

 

女性の一人旅は危ないため、頭は丸坊主、胸はサラシを巻いて目立たないようにし、ある時はヒゲをつけるなどして男性を装いました。

山田美緒1

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8283より引用

結果、ケニアから南アフリカまで、8カ国約5,000kmを半年かけて走破しました。

その際、大学で学んだスワヒリ語で話しかけると、地元の人は喜んだといいます。

自転車旅が人と人をつなぐということを確信させた貴重な体験でした。

 

その後、自転車旅でシルクロード、台湾1周、キューバ、ベトナム、バリ島、中東、アメリカなど、世界20カ国以上を回りました。

 

この無尽蔵な体力とやる気と行動力。

とにかくやると決めたことはすぐに行なう人だということがわかります。

 

山田美緒さんの就職してからの様々な活動

大阪外国語大学を卒業すると、まず雑誌社の社員となります。

そこで、ケニアの5つ星ホテルの営業担当をしたり、築地本願寺境内のイタリアンレストランの立ち上げスタッフとして働いたりしました。

 

その後、企業数社とスポンサー契約をし、サイクリストとして独立したり。

また、2010年からは一般社団法人「コグウェイ」を立ち上げ、サイクルツーリズムの進行に携わったり。

 

本当にすぐ行動されてきました。

 

それは結婚されてからも変わりません。

結婚して神奈川県逗子市に在住時、子供が待機児童になってしまったことから、コミュニティ保育システムを即座に立ち上げられます。

また、ご主人の仕事の関係でシンガポールに在住時は、「森のようちえん」を主催しました。

 

いくつかの本も出版しておられますし、日本にいた時は毎月何本かの公演を行うなど、精力的な行動は止まりません。

 

書いてるほうも読んでるほうも、何かこれだけで疲れてきませんかね?

筆者は圧倒されてもう疲弊しています(笑)

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山田美緒さんの家族(旦那・子供)は?

プロフィール欄に書いたように、山田美緒さんにはご主人と、3人のお子さんがいらっしゃいます。

いったんはご主人の転勤の関係でシンガポールに住んでいましたが、ご主人が仕事を独立することになりました。

そこで、移住先として選んだのがルワンダだったのです。

 

実はご主人もその筋では有名な方で、山田耕平さんとおっしゃいます。

山田耕平さんは、レアメタル専門商社アドバンスト・マテリアル・トレーディング(AMJ)で働いておられ、現在ルワンダ駐在員として、レアメタル開発輸入の最先端で頑張っておられます。

 

またそのご主人・山田耕平さんができた人なんです。

山田美緒さんは、自身のブログの中で、こんなことを書いておられます。

一番最近の投稿です。

4/3で結婚10周年。

よく持ったなと思う人はたぶん少なくない。

日本で暮らしてたら離婚してたな、と笑いあいました。

「結婚してより自由になろう、より大きな夢を描こう。」

「美緒はお金のこと気にしなくていいから。」

この言葉は墓場まで持っていく永遠の言葉、山田 耕平名言。

「自分がやりたくないことを人に頼むのはやめよう」

が最近追加されました。

これはまだ口だけやから、ことあるごとにそのメールを引用してリマインドしてます。

https://mantem.exblog.jp/30210744/より引用

 

お互い、大きな仕事をする同志として、夫婦をしておられる様子がよくわかります。

よくこんな人どうしが出会えたなと、それこそ奇跡を感じます。

以下の写真が、近影です。

山田美緒2

https://mantem.exblog.jp/30210744/より引用

 

そうそう、この山田ご夫妻には、3人の息子さんがいたんでした^^;

お名前は、長男さんが耕士郎くん、次男さんが龍士郎くん、三男さんは創士郎くんと言います。

一番下のお子さんは、ルワンダで産んだとのこと。

このこどもたちも、ワールドワイドな大人になっていくんでしょうか。

この親のもとで過ごしていれば、きっとそうなるでしょうね。

 

山田美緒さんのルワンダでの活動は?

山田耕平さんのルワンダでの活躍のうらで、単に専業主婦としていることができなかった美緒さんは、ルワンダではじめての本格的日本料理店「KISEKI」をオープンさせます。

ルワンダはご存じのように、1994年に大虐殺があった国。

しかし、現在は高い経済成長率や治安の良さから、「アフリカの奇跡」と呼ばれています。

店の名前はそこから取られたんでしょう。

その「KISEKI」のホームページはこちら

 

料理が評判になるのはもちろんのこと、

それ以外に店を使って、フリーマーケットやライブの開催、子供たちの預かり保育、目の見えない人にマッサージ技術を教えるなど、人の輪は広がるばかり。

 

最近では、八百屋をやりたい女性を募り、たくさんの応募者の中から真剣な人を選び、八百屋チームを始動させています。

 

このように、貧しい人たちのために寄付をして助けるようにと言われる時、それを断固として拒否し、自分で働いて収入を得ることができるよう導いていくことをモットーとされています。

 

それで、この田中夫妻の周りには、ルワンダの人たちがいつも寄ってくるようになりました。

それこそ、美緒さんが願っておられた姿なんでしょうね。

田中美緒3

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8283?page=3より引用

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まとめ

これと決めたらすぐに行動されてきた田中美緒さん。

番組では、お母さんとの関係はどうなっているんでしょうかね。

きっと、お互いの気持ちがやっと分かり合える、そんな気がします。

これからも、体にだけは気をつけて、ご夫婦とも、そしてお子さんも、ルワンダで人々を助けていってほしいと思いますね。

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