役所は体罰の定義ができるのか?教育としつけのためにできることとは?

役所は体罰の定義ができるのか?教育としつけのためにできることとは?

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昨日、厚生労働省の検討会は、体罰を定義する指針素案をまとめました。

親の体罰を禁じる改正児童虐待防止法の来春の施行前に、定義しておくことが必要だと判断されたようです。

さて、今回定義された体罰は今後どのよう議論されていくのでしょうか。

不透明感が拭えないこの発表に、多くの意見が出てきています。

では、教育やしつけに残されているものは何なのでしょうか。

考えてみましょう。

厚生労働省が出した体罰に関するガイドラインとは

 

厚生労働省は、有識者会議に対して、体罰に当たるとして5つの例を挙げました。

そのうちの3つは、次の画像のとおりです。

 

https://www.asahi.com/articles/ASMD35HCLMD3UTFK00Y.htmlより引用

 

ガイドライン案は、「しつけのためだと親が思っても、身体に苦痛または不快感を引き起こす行為(罰)は、どんなに軽いものであっても体罰に該当し、法律で禁止される」としています。

上記のように、理由がどうあれ、「夕ご飯を与えない」「たたく」「正座をさせる」という行為は体罰に当たるというのです。

一方、体罰でない行為についても案が出されており、上の画像の右側に書かれている状況での行為は体罰ではないとしています。

最初に書いたとおり、定義として5つの案が出されているようですが、後の2つについてはわかりません。

 

では、「言葉」はどうなのでしょうか。

「お前なんか生まれてこなければよかった」と子供に向かって言うのは体罰ではないとされています。

もちろん、子供の心を傷つける言動も、成長・発達に悪影響を与える可能性があるとはしています。

 

では、このように定義づけが必要になったのはなぜなのでしょうか。

なぜ今定義づけなのか

ここからは筆者の考えです。

昨今、子供の虐待に関する報道が多くなりました。

虐待している親に話させると、まず最初に聞かれるのは、「しつけのためにやった」「教育のつもりでやった」という言葉です。

つまり、虐待としつけの線引きができない親がいるために、体罰の定義が必要だと考えたのでしょう。

 

しかし、上に掲げたケースでは、子供が悪いことをしている場面です。

「宿題をしなかった」

「他人の物を盗んだ」

「大切なものにいたずらをした」

といった、「これからはそんなことをしてはいけない」ということを分からせるべき場面です。

 

もちろん、虐待の原因にも「宿題をしなかった」というものが含まれるでしょう。

こういう親がいるから、話がややこしくなるのです。

 

では、教育やしつけに残されているものは何なのでしょうか。
 

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教育やしつけに残されているものは?

こういった場面で残されているのは、「言葉で諭す」ということだけでしょう。

しかし、子供というのは、一度言葉で言っても何度も繰り返し過ちをしてしまう、そんな存在です。

「言葉」だけですべての悪い点を拭い去れるのでしょうか。

 

もし、体罰は全面禁止、というのであれば、例えばどのように諭すのか、厚生労働省はその例も取り上げる責任が出てくるように思います。

 

一方、先ほども書いたように、子供に対する暴言は体罰には含まれませんでした。

「体の傷は治るけど、心についた傷はなかなか治らない」とも言われます。

心に傷つけておいて、それは体罰でないので何を言っても構わない、という認識に至る親も出てくるかもしれません。

おそらく、虐待する親は身体的に苦痛を負わせるだけでなく、暴言も吐いていることでしょう。

では、暴言も取り締まるべき、という判断にはならないのでしょうか。

「暴言」を「体罰」と定義せず、何が暴言に当たるか「定義」しないのはなぜなのでしょうか。

 

このように、「体罰」を定義してしまうと、いろんなツッコミどころが生じてしまうことは避けられないのではないか、というのが筆者の考えです。

 

巷の意見はどうなっている?

悪いことをしたらそれ相応の罰を受ける、、、
それは教育として必要な事だと思うし、小学校高学年~中学生になれば
やはり反抗期で言葉だけで諭せない子供は大勢いるだろう。
一方的な体罰は論外としても、そういう時はやはり体を持ってその苦しさを知るという事も大切なことだと思う。
逆にそういう問題に直面したときにどう対応するのが正しいのか厚生省の意見を聞きたい。
親にしても子供にしても言葉だけで万事解決できるような教科書通りのような人たちばかりではない。
子供の性格にもよると思うけれどある程度の厳しい躾は必要だと思う。
子供を甘やかし始めてから訳のわからない勘違いしている様な事件とか虐めが急増していると思う。
数年前だったか体罰を盾にして教師虐めた生徒も居たよね?
ケガをしたり成長に影響を与えるような罰はダメだね
ただ、できのいい指導者や指導される側が理解の早い人間同士なら言葉でしつけることができるだろうけどそういう組み合わせじゃない場合はどうする
できの悪い指導者は再教育するとか指導者にさせないようにする?
理想は体罰など無い方がいいんだけど現実的には出来のいい指導者だけ揃えるのは難しくない?
繰り返すけど体罰は無い方がいいよ
大人相手に駄目なものは子供にしてはいけない。単純な事。理解力が子供の方が低いのは当然の話、大人の根気を観せるいい機会。信頼関係とか気持ちとか綺麗事を言い訳に使うって恥ずかし事、実際にそんな事言う人いたらまず関係を考えなおす。暴力に中身など無い、それで分かるのははなからわかっている事、強制に過ぎない。深堀の機会を損失している。加害者達はその深堀をせずに育ってきたのだろう。短絡的な答えしか出せないのだから
体罰でしつけられた人間は、体罰でしかしつけが出来ない。
何故ならそれ以外にしつけかたを知らないから。
殴られないと言う事を聞かなかった連中が、人を殴らないと教育できないのと一緒。

体罰なしで育てられた子が心配だという声が多いけど、実態は逆で、園や学校で無茶苦茶してんのは家で叩かれてる子
体罰を受けている子は衝動をコントロールする脳の部位が小さくなることも分かってる。つまり逆効果ってこと。
盲目的に精神論を振りかざしてちゃあダメだ。

 

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終わりに

安易に何でも定義づけをしてしまうと、逃げ道を作ることにもなりかねません。

しかし、定義付けをしないとわからない人もいることも事実です。

なんとも難しい世の中になったものです。

今回の体罰の定義が今後どのような影響を及ぼすのか、私たちは注意してみていかなければならないでしょう。

こちらもご覧ください。

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