鈴木康友(野球)の経歴や嫁は?謎の血液の病気とは?無菌室って何?

鈴木康友(野球)の経歴や嫁は?謎の血液の病気とは?無菌室って何?

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6月14日の「爆報!THE フライデー」で、鈴木康友さんが特集されます。

「血液の謎の病で余命宣告を受けていた」とのことですが、幸いなことに、今はこの病気を克服されました。

裏には奥さんの壮絶な介護があったものと思われます。

がんやそれに近い病気の看護には、ご本人の想像を絶する辛さ、そしてご家族の苦しみの中での思いやりが関係してきます。

では、鈴木康友さんがかかられた病気とは何だったのでしょうか。また、無菌室とは何なのでしょうか。

経歴について簡単に振り返り、奥さんについても調べてみましょう。

(アイキャッチ画像はhttps://www.nikkansports.com/baseball/news/201902130000045.htmlより引用)

鈴木康友さんの経歴

https://twitter.com/Yasutomo_76/status/1137258159557316608

プロフィール

氏名 鈴木康友(すずきやすとも)

生年月日 1959年7月6日(59歳)

出身地 奈良県五條市

学歴 天理高等学校卒

選手歴

天理高等学校
読売ジャイアンツ (1978 – 1984)
西武ライオンズ (1985)
中日ドラゴンズ (1986 – 1990)
西武ライオンズ (1990 – 1992)

監督・コーチ歴

西武ライオンズ (1993 – 2000)
読売ジャイアンツ (2002 – 2003)
オリックス・ブルーウェーブ (2004)
茨城ゴールデンゴールズ (2005 – 2006)
富山サンダーバーズ (2007 – 2009)
埼玉西武ライオンズ (2010 – 2011)
東北楽天ゴールデンイーグルス (2012 – 2014)
福岡ソフトバンクホークス (2015 – 2016)
徳島インディゴソックス (2017)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%BA%B7%E5%8F%8B_(%E9%87%8E%E7%90%83)より引用

鈴木康友さんは、天理高校からドラフト5位で巨人に入団しました。

しかし、ご覧の通り、度重なるトレードでいろんな球団を渡り歩きます。

レギュラーを勝ち取ったかと思えば、ライバルが台頭してきたり、移籍してきた選手にポジションを奪われたりして、年間を通して活躍できたのは数えるほどしかありませんでした。

それでも、4球団、13年プロ生活を行ってこられた背景には、やはり有能なプレイヤーだったということなのでしょう。

年間10試合しか出ていない年があると思えば、次の年には100試合以上出場するなど、不屈の精神でレギュラーを奪い返したり、本当に精神的に強い選手だったことが分かります。

 

そのような経験がコーチとして生かされているのかもしれません。

独立リーグで野球をする選手は、その不屈の精神というのが必要となってくるのでしょうが、そういう選手を技術のみならずメンタル面でコーチするのにピッタリの人材ということになるのでしょう。

鈴木康友さんの謎の血液の病とは?

体調の異変に気が付かれたのは2017年の夏頃だそうです。

それは四国アイランドリーグの徳島のコーチをしていた時ですが、ノックをしている時に息が切れたことに気づきます。

その後、ゴミ出しをするにも「ゼーゼー」言うようになり、家族のすすめですぐに病院で検査を受けることに。

血液検査の数値は、極度の貧血状態。

酸素を運ぶ赤血球が非常に足りないということですね。

医師からは「鈴木さん、よく立っていられますね」と驚かれたそうです。

そして、大病院で再検査を受けられた結果、「骨髄異形成症候群」と診断されました。

では、「骨髄異形成症候群」とはどんな病気なのでしょうか。

一部、引用しますと、

骨髄異形成症候群(MDS:myelodysplastic syndromes)は、3種類の血液細胞(赤血球、血小板、白血球)の大もとになる造血幹細胞に異常が起こった病気です。

(中略)

異常な造血幹細胞からつくられた血液細胞には、機能の異常や、顕微鏡で観察したときの形の異常(異形成)が認められます。その異常のために、血液細胞の分化(参照:分化度)の過程で未熟な細胞のままで止まってしまったり、一応成熟したようにみえても無効造血(細胞が壊れる)などが生じて、血液の中を流れる血液細胞が減ってしまいます。そのため、骨髄異形成症候群では、まず血液検査で貧血(赤血球の減少)や血小板の減少、白血球数の異常(減少や増加)などの血液細胞数の異常が指摘されます。また、骨髄異形成症候群が進行すると、急性骨髄性白血病に移行することがあります。

https://ganjoho.jp/public/cancer/MDS/index.html#a1より引用

 

簡単に言って、血液を作る骨髄の中で、ちゃんとした正しい血液が作れなくなり、ということは、ちゃんと働く血液成分が少なくなってしまい、貧血や白血球数の異常が出てくるということですね。

最後にも書いてあるように、白血病に進行する可能性もあることから、「全白血病」とも呼ばれるそうです。

おそらく鈴木康友さんは、白血球が以上に減少したと思われます。

なぜなら…

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鈴木康友さんの無菌室での壮絶な闘病と奥さん

鈴木康友さんは無菌室に入っているからです。

無菌室とは何でしょうか。

白血球が異常に減少しているということは、ウィルスや細菌と戦う力が著しく落ちている状態にあるということです。

大病をしている上に、なにか感染症にかかってしまうと大変なことになります。

肺炎などにかかると、そっちで死んでしまうことだってあります。

そこで、菌のいない部屋に入る必要が出てきます。

無菌室とは、特別な空調設備を使用して、菌が入り込まないように、きれいな空気を循環させている部屋のことを言います。

 

ここには、抗ガン剤によって白血球が異常に減少した患者さんも入ることがあります。

 

筆者も、父がガンにかかった時、一時無菌室に入れられたので、そのときは本当に大変でした。

抗ガン剤によって白血球が異常に減少している時期ですから、その抗ガン剤によって様々な苦しい副作用があるときと重なります。

なので、家族にとっても本当につらい時期となります。

 

鈴木康友さんの奥さんも、非常につらい思いをされたことと思います。

無菌室に入るときは、看護する人は、滅菌されたガウンを着なければなりません。

こんなやつですね。

鈴木康友1

https://www.oceanbridge.jp/taka/archives/2014/03/6_2.htmlより引用

この上に、髪の毛を隠す帽子必ずかぶり、そしてある場合靴を覆う袋を足に履く必要があります。

鈴木康友さんの奥さんも、看護の時は、こういう格好をなさっていたと思います。

患者さんの一番つらいときと重なりますから、奥さんにとってそれはそれはつらいことだったと想像されます。

 

その奥さんの名前や顔については、調べた限りでは出てきませんでした。

「爆報!THE フライデー」で明らかになっていることでしょう。

 

鈴木さんが骨髄異形成症候群と診断されてから年が明け、本格的な治療が始まりました。

赤ん坊のへその緒からとった臍帯血(さいたいけつ)移植を受けられました。

「医者から『造血幹細胞、血をつくる細胞を移植します。ただし移植が成功しても病気が治る確率は4~5割』ですと言われました。当時、クスリの副作用も辛かったし、体内では何だか戦争が起こっている感じがしていました。本当に治るのかなと不安な毎日でしたね」

https://www.ninomiyasports.com/archives/81313より引用

 

幸い、鈴木康友さんの場合、この手術が功を奏し、経過は良好で、6月末には退院されました。

約10ヶ月に及ぶ闘病生活でした。

奥さんの献身的な看護の賜物かもしれませんね。

精神的にすごいケアをなさったと思います。

 

鈴木康友さんのその後

鈴木康友2

https://www.asahi.com/articles/DA3S13747618.htmlより引用

退院後、血液検査の数値も正常に戻り、仕事の再開も許可されました。

復帰後、今度は、立教新座高等学校のコーチになられました。

今は、高校生相手にノックし、守備や走塁のノウハウを教えておられます。

でも、体調が全開というわけにはいかず、握力などは戻っていないと言います。

それでも、大好きな野球に戻ることができ、本当に良かったと思います。

 

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まとめ

非常に難しい病気から再起された鈴木康友さん。

鈴木康友さんのことが報道されると、すぐに読者から手紙が来たと言います。

「鈴木さんがまた野球で頑張っているから、こっちも負けていられません」

鈴木さんは、「同じ病気の人はもちろん、ガンなど闘病している人に少しでも勇気を与えられたらいい」とのべておられます。

ある面、鈴木さんはラッキーだったのかもしれません。

しかし、闘病している人には朗報を与えられ、本当に良かったと思います。

今後も無理せず、野球で頑張っていってほしいと思いますね。

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