森崎和幸選手が引退!慢性疲労症候群を克服できた貴重な体験談

森崎和幸選手が引退!慢性疲労症候群を克服できた貴重な体験談

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こんにちは、Comfortです。

また寂しいニュースが入ってきました。

サンフレッチェ広島一筋にプレーしてきた、森﨑和幸選手が今季限りで
引退すると発表されたのです。

サンフレッチェの優勝など、数々の栄光を支えてきた選手が、
また一人ピッチから去っていきます。

筆者は、個人的に以前からこの森﨑和幸選手に注目していました。
なぜならば、彼は「慢性疲労症候群」という特殊な病気に襲われていたからです。

筆者自身も、自分が慢性疲労症候群なのではないかと苦しんでいた時期がありました。

それで、いろいろ調べると、この森﨑和幸選手も同じ病で苦しんでいたことを知りました。

彼は、どのようにこの病気と戦い、克服してきたのでしょうか。

これまでの経歴とともに、再び調べ直してみました。

(アイキャッチ画像はhttps://web.gekisaka.jp/news/detail/?265284-265284-flより引用)

森﨑和幸選手の経歴

森﨑選手は広島県広島市安芸区矢野出身。

矢野小学校の二年生からサッカーを始め、
矢野中学校からはサンフレッチェ広島ユースへ入団しました。

その後、見事サンフレッチェ広島のトップチームに昇格し、プロ選手として
歩みをはじめました。

主にボランチとして活躍し、2012年、2013年、2015年にはJ1リーグで優勝を
経験しています。

こうして見ると、エリートコースを歩んで、数々の栄光を経験してきた
花形選手に思えますが、この中には人知れず和幸選手を苦しめてきた
病とともに歩んできた経歴も含まれているのです。

 

度重なる慢性疲労症候群との戦い

慢性疲労症候群(CFS)とは一体どのような病気なのでしょうか。
下に一部引用します。

患者が訴える主な症状は、身体及び思考力両方の激しい疲労と、それに伴い、日常生活が著しく阻害されることである。

長期間の疲労感の他に次の症状等を呈することがある。

微熱 ・咽頭痛 ・頸部あるいはリンパ節の腫張・原因不明の筋力低下
羞明 ・思考力の低下・関節障害 ・睡眠障害

原因不明の疾患で、通常、血液検査等も含む全身の検査を受けても他の病気が見つからず、精神疾患も当たらない場合に初めて疑われる(除外診断)病気である。……詳細に検査をすると神経系、免疫系、内分泌系などに異常が認められる場合もある。

アメリカ疾病予防センター (CDC) によると、完治は希で5%~10%であるものの、治療により改善したり、ある程度回復するとされている。日本では人口の0.3%にあたる約38万人がCFSを罹患していると推定されているが、認知度の低さにより、適切な診断を受けていないか、うつ病・神経症・更年期障害・自律神経失調症等に誤診されている患者が多いと思われる。

 

疲労感
身体、精神両方に激しい疲労感が生じる。運動、精神活動によって疲労感が増すが、休息や睡眠による回復は遅い。疲労の程度には個人差があり、何とか働ける程度から寝返りも打てない者もいる。患者の約4分の1は、外出が困難か寝たきりの状態である。

原因不明の非常に強い疲労感に襲われ、様々な身体的症状も出てくる病気です。

程度の差も存在し、「なんとか働ける程度から、寝返りを打てない人もいる」とのことですね。

森﨑選手が初めてこの兆候を感じたのは2003年のことです。
まだこのときは軽く、数日休むと疲労感がなくなったとのことです。

しかし、2006年にはさらに強い本格的な疲労を感じ、今度は、更に深刻な症状を経験されました。
サッカーをやめたいとの思いにも悩まされた時期でした。

しかし、後に妻となる志乃さんの支えもあり、また克服されました。

しかし、この病気は、悪化と寛解を繰り返すのも特徴のようで、2009年、
また一度良くなったあと、2010年にも再発をしました。

このときには、1度目には「辞めたい」から2度めには「辞めよう」、三度目には「辞める」
にまで思いは至っていたようです。

こんなに悪化と寛解を繰り返す和幸選手を支えてきたのはどんなことなのでしょうか。
 

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すばらしい人達との出会い

まず、妻の志乃さんの積極的な支援を上げることができます。

一部志乃さんはこう語っておられます。

「(和幸は)ずっと家で何もしない毎日を過ごしていて、私もこのままじゃダメだって思ったんです。何とかしたいと思って、無理矢理、練習場に連れて行くことにしたんです。サッカーを『辞めたい』という気持ちは変わらないかもしれないけど、やることがないなら練習場に行こうって」

もちろん、和幸選手は嫌がりました。しかし、志乃さんは引き下がらず、
早朝なら他の選手に合わなくていいだろうと、半ば強引に和幸選手を連れていきました。

しかしその行動が、和幸選手の心を少しずつ変化をもたらしたそうです。

それより前に、広島の監督として就任したミハイル・ペドロヴィッチ監督の一言にも救われたといいます。

それは、このような言葉でした。

「その日がペトロヴィッチ監督との初対面で、クラブハウスの2階で話をしました。すると、『自分のしたいようにしてくれていいよ。練習に出たいなら出てくれればいいし、出たくないなら出なくていい。オレが監督であるうちは、カズ(和幸)にはその権利を特別に与えるから』と言われたんです。初めて会った人に、いきなりそんなことを言われたからビックリしましたね。ペトロヴィッチ監督は、実際に(自分の)プレイした姿なんて見てないし、映像で見ていたとしても、きっと調子の悪いときの映像だったと思う。それなのに、監督は僕のことを信頼してくれていたんです」

この言葉をきっかけに、和幸選手の心は180度変わったそうです。
監督が自分の現状をすべてまるごと受け入れてくれて、絶大な信頼をおいてくれたのです。

また、2012年に就任した森保一監督からも、次のように言われたそうです。

「そのとき、森保さんに自分の症状が出るとどうなるかを説明しました。少し開き直れていたから、今の状態のことは言わなかった。そうしたら、森保さんは『いつでもサポートするから』と言ってくれて、気持ちが楽になったところはありましたね」

このように、周りの人たちからの思いやりやサポートを受けられたことが、
和幸選手の心をいつも軽くする方向に向かっていったってことですね。

やはり人との良い出会いというのは、その人の人生を変えるものになるんですね。

 

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まとめ

しかし、注意しなければならないのは、奥さんがしたことが
誰にでも当てはまるものではないということですね。

CFSにもレベルの違いがあり、それで軽くなる人もいれば
いくら頑張っても勧めに応じられない人もいるということです。

また、良い言葉をかけていただいたらかならず治るというわけでもありません。

しかし、もし周りにCFSの人がいるならば、どう接することができるか、
私たちに貴重なヒントを与えてくれるとは言えそうです。

そういう人たちと会えたことには、和幸選手自身の人徳もあるでしょうから、
そこは本人の努力もあり、すばらしいことですね。

病との戦いを続けながらのサンフレッチェ広島一筋の20年間。

サッカー選手としてのプレーの質だけにはとどまらない彼の人徳が、
この長い選手生命に反映されているんだろうと思います。

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この次はどのような人生を歩まれるのかはまだ未定ですが、
自分にあった居場所が見つかればいいなと思う筆者でした。

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