カレン・カーペンターの真の死因は?母親や結婚の悲劇についても!

カレン・カーペンターの真の死因は?母親や結婚の悲劇についても!

スポンサーリンク

スポンサーリンク


 
カレン・カーペンターさんは、拒食症また過食症という摂食障害だったことは有名です。

お兄さんに「私太ってる?」と聞いたところ、「チョットね」という話も有名かもしれません。

しかし、カレンさんの死は、いろんなことが絡み合ってたどり着いた最後であるということはあまり知られていません。

では、どんな悲劇が絡み合ったのでしょうか。

そのことを今回はまとめてみたいと思います。

(アイキャッチ画像はhttps://yogaku.xyz/karen-carpenter-profile/より引用)

カレン・カーペンターさんと母親との関係は?

これにはいくつかの説が挙げられています。

一つは、母親が過保護だったこと。

もう一つは、母親が心理的虐待をしていたこと。

全くの正反対の説ですが、どちらにしても娘に圧力が加えられることは否めません。

 

過保護だったという説はどこから来ているのでしょうか。

 

母親だけでなく、両親とも、カレンに対しては普通に愛情を持って育てたという事が言われています。

その中には、ドラムセットを両親から買ってもらったり、家族旅行にいったりしているというエピソードがあります。

また、カレンが13歳の時に書いた作文が残っています。

そこには一部こう書かれています。

「わたしの自叙伝」

両親は長いこと女の子の誕生を待ち望んでいた

そしてついに1950年3月2日、母は女の子を産んだ。

もちろん、わたしのことである。

わたしはコネティカット州ニューヘィヴンにあるグレース・ニューヘィヴン病院でこの世に生を受けた。

うちは5人家族である。

まず父のハロルドだが、職業は印刷工である。

ニューヘィヴン・ボード&カートン社で五色刷りの印刷機を動かしている。

母のアグネスは普通の主婦だ

https://izanagiken.hatenablog.com/entry/2019/01/04/203828より引用

 

両親は女の子が生まれるのを待ち望んでおり、また、カレンは母親のことを「普通の主婦」と評していることからも、ここから虐待の様子は見て取ることができません。

この家族のセラピーを行なった、心理療法士スティーブン・レヴェンクロンが、母と娘の関係を、「過保護」と表現したそうです。

 

一方、心理的に虐待されていたという説はどうなのでしょうか。

カレンの母親は、常に兄のリチャードだけをかわいがっていたということが言われています。

カレンを治療していた医師の一人が、カレンにもっと愛情を注がないといけないと母親に伝えるべきだと感じていたそうです。

カレンは母親に、

「私のこと愛してる?」

と何度も訪ねましたが、母親は一度もイエスと言わなかったというエピソードも残っています。

 

もしこれが本当なら、カレンはふさわしい自尊心を身につけることなく、大人になっていったということが考えられます。

しかし、いずれにせよ、普通の愛情、本来親から注がれるべき愛情を経験することなく大人になったことから、本当の愛を求めてさまよい続けていたということが考えられます。
 

スポンサーリンク

スポンサーリンク

 

次にカレン・カーペンターに襲う結婚の悲劇

カレン・カーペンター

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190317-00010012-elleonline-entより引用

 

歌手、兄妹デュオとしては素晴らしい成功を収めていたカレンですが、そのことが彼女に真の自尊心と愛をもたらしたかと言うと、そうではないように感じます。

誰からも好かれる歌声の持ち主で、誰から褒められたとしても、ああいう幼少時代を過ごしていると、元から自分に備わっているものを理由に自尊心を持つのは難しいことだと思います。

なので、カーペンターズとしての歌に悲しいものが多いのもそれが遠因なのかもしれません。

 

それはさておくとして、真の愛を模索していたカレンは、今度は結婚にそれを見出そうとします。

カレンは慌てて、結婚することになりました。

 

1980年にトム・バリスと結婚しましたが、その結婚生活も彼女にとっては難しいものでした。

冒頭で書いた経緯を持って始まった彼女の行き過ぎたダイエット、そこから来る拒食症にすでに悩まされていた中での結婚でした。

しかもトム・バリスはいわゆるバツイチ子持ちで、18歳になる息子がいました。

また、彼女は、子供を持つ普通の専業主婦で、夫のために食事を作って待っている生活を夢見ていたと言います。

しかし、トム・バリスはカレンが働き続けることを希望しました。

なぜなら、トム・バリスは浪費癖があり、散財していたからでした。

 

さらにカレンは子供がほしいと強く願っていたのですが、トムはそのことを意に介さず、結局子供がいないままとなってしまいました。

まだ子供ができていれば… と悔やまれるエピソードではあります。

そうすれば、自分から愛情を注ぐ対象を持つことによって、自尊心を回復できていたのかもしれないからです。

 

翌1981年暮れには結婚生活も破綻し、離婚を待つ別居状態になります。

 

そしてカレン・カーペンターの死、原因は?

カレン・カーペンター2

https://bushoojapan.com/tomorrow/2019/03/02/15361より引用

 

そんな中、ついにその日は訪れました。

1983年2月4日早朝、両親の家で意識不明で倒れているところを発見されたのです。

そして、そのまま帰らぬ人となりました。32歳でした。

 

カレンが拒食症だったので、餓死したのかと勘違いされている方も多いかもしれません。

しかし、カレンの死因は餓死ではありませんでした。

 

死因は急性心不全でした。

 

長年の闘病生活が心臓に負担をかけていたのかもしれません。

ある情報では、甲状腺や下剤の薬をとてつもなく飲んでいたために心臓を弱めた、ということも言われています。

検死によると、死因は神経性無食欲症に起因するエチメンという薬が心臓を悪くしたことだと結論付けられています。

 

その死は、離婚同意書にサインする約束をしていた6時間前に起きたものでした。

ですから、カレンは今でも既婚者のままです。
 

スポンサーリンク

 

まとめ

 

数々の大ヒット曲を生み出したカレン・カーペンターさんでしたが、自身との戦いには勝つことができませんでした。

拒食症という精神疾患は、非常に治療の難しい病気で、それに翻弄された人生は彼女の悲劇を物語っています。

人は、どんなに華々しい成功を収めても、その人としての基本的な欲求が満たされなければ決して幸福にはならないという教訓をこのカレンの死は私たちに語りかけてきます。

 

その悲しい死に私たちが教訓を学び取り、決して配偶者や子供には悲しい思いをさせてはならない、という決意を持って家族生活を送りたいものです。

スポンサーリンク

 

 

テキストのコピーはできません。