【野球】甲斐拓也の「キャノン」炸裂!育成からの這い上がりストーリー!

【野球】甲斐拓也の「キャノン」炸裂!育成からの這い上がりストーリー!

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クライマックスシリーズを2位から勝ち上がって下剋上を成し遂げたソフトバンク。

今の所、セ・リーグの絶対的王者広島カープを勝ち越しています。

その好調ぶりを縁の下から支えるのが、この育成ドラフト出身の甲斐拓也捕手ではないでしょうか。

これまで広島に対して盗塁阻止率が100%ということで、広島の足でかき回す野球を
完全に抑え込んでいます。

では、この甲斐拓也捕手はどんな経緯でここまで這い上がってきたのでしょうか。
また、「甲斐キャノン」の裏側に隠された秘密には何があるのでしょうか。

「甲斐拓也の「キャノン」炸裂!育成からの這い上がりストーリー!」と題して
調べていきたいと思います。

 

 

育成ドラフト6位からの出発

簡単に甲斐選手のプロフィールを振り返っておきましょう。

大分県大分市出身で、中学時代は大分市立植田南中学校に在籍、
野球は「大分リトルシニア」に在籍して内野手として活動。
その後、楊志館高校入学し、捕手へ転向。
しかし、甲子園出場はなりませんでした。

そして、2010年のドラフト会議にて育成6位指名を受けることになります。
(同年育成4位には千賀滉大選手がいました。)

奇遇なことに、その年のソフトバンクのドラフト1位氏名は、同じ捕手の
習志野高校出身の山下斐紹(あやつぐ)選手でした。
山下選手は甲子園出場経験があります。

それで、甲斐捕手はドラ1の山下選手とライバル関係になります。

その後の経緯

入団一年目から山下捕手のほうは二軍のリーグ戦に出場を重ね、10月には
一軍昇格を果たします。

一方の甲斐選手は三軍での調整が主となり、公式戦の経験を持つことができませんでした。

その後、2012年には二軍に昇格し、ウエスタン・リーグに初出場。
翌年の2013年には支配下選手登録され、背番号が130から62へ変更されました。

2014年、2015年は、なんと開幕一軍を勝ち取りますが、一軍と二軍の行ったり来たりで、
一軍での出場機会は両年とも1試合にとどまります。

2016年には、開幕一軍こそ果たせませんでしたが、シーズン途中に一軍に昇格し、
3番手捕手として13試合に出場するキャリアハイを果たしました。

2017年はまた開幕一軍を成し遂げ、4月2日に初めてスタメン出場を果たします。
その後、主に東浜巨、千賀滉大など、若手先発投手陣とバッテリーを組み、
なんと自己最高の103試合に出場します。

(この年の秋、山下斐紹選手楽天へ交換トレードによる移籍が発表されています。)

2018年には正捕手を勝ち取り、133試合の出場を成し遂げています。

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「甲斐キャノン」の裏側

肩に関して言えば、それは入団当初から強いものを持っていました。

育成出身どうして一軍でバッテリーを組んだ千賀投手はその時こう述べています

「正直、特別な感情などはなかったですよ。初めてだったと聞いたときも『あー、そうなんだ』という感じ。育成時代も変に励まし合ったりとか、そんなのはなかったかな。ただ、拓也の肩はあの当時からとにかく凄かった。それは間違いなく言えます」

しかし、「甲斐キャノン」は方の強さだけでは説明不足になってしまいます。
他に他の人には真似できない特徴があったのです。

その点を、元千葉ロッテマリーンズの里崎智也氏は次のように述べています。

「タイムを縮めるために、最も重要なボールを捕ってから送球までの動作が非常に速いですね。捕球して、そのままノーステップで左足を前に出して投げるタイプではなく、足を切り替えてワンステップをして投げるタイプです。実は、捕手の捕球してから送球までの速さは、足の動きの速さに比例します。甲斐は、捕球と同時に右足を引き、左足を前に出すという切り替えを行う時に、その軸足となる右足が着くのが速いんです。この右足の着地の速さが、足の速さを生みだすのですが、甲斐はそこを押さえています。足が動くので、ボールが、それた場合の対応力も素晴らしいんです」

というわけで、実はこの「足さばき」が、強肩を支え、盗塁阻止率を上げているということに
なるのです。

育成時代から、彼の帽子には、「人はヒト」という書き込みがあるそうです。

決してヒトと比較して落ち込んだり悩んだりするヒマを持つのではなく、
自分として何をどう磨いていけばいいのかに意識を集中していった様が
見て取れます。

まとめ

育成出身者同士のバッテリーもそうですが、
下から這い上がってきた人のストーリーには私たちの心を打つものがあります。

決して人と比較して「自分は…」なんて思うのではなく、
いついかなる時も自分にできることを行い、自分を磨いていくこと。

これが、いつかは花を咲かせることになるのでしょう。

筆者自身も、できることからコツコツとやっていこうと、
励まされる甲斐選手の経験でした。

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