秋山真凜の経歴や大学は?元ゴルフ選手で現在は?壮絶な家族の過去も!

秋山真凜の経歴や大学は?元ゴルフ選手で現在は?壮絶な家族の過去も!

スポンサーリンク

元福岡ソフトバンクホークスの監督・秋山幸二さんの娘、秋山真凜さんが芸能界入りされるとの報道がありました。

非常に才色兼備な女性で、いろんな能力を備え、芸能界入りがもったいないなと思わせるほどの人材です。

でも、その素晴らしい能力を活用して、芸能界でバンバン働ける素質をお持ちのようですね。

では、その経歴や人間像に迫り、過去の大変な時期を経て今があることについて、まとめていこうと思います。

(アイキャッチ画像はhttps://www.sanspo.com/geino/photos/20190705/geo19070505050002-p6.htmlより引用)

秋山真凜さんの経歴・学歴・大学

https://www.jiji.com/jc/d4?p=mei200-jlp00708314&d=d4_bbより引用

 

プロフィール

氏名 秋山真凜(あきやままりん)

生年月日 1996年10月12日(22歳)

出身地 福岡県

身長 158cm

学歴 沖学園隆徳館中学校→福岡インターナショナルスクール→上智大学国際教養学部

特技 英語・韓国語

趣味 ゴルフ

所属 生島企画室

 

若い頃から能力にあふれ、まずは5歳の時からお母さん・千晶さんのすすめでゴルフを始めます。

中学時代のベストスコアは69。

それからはプロを目指し、全国を転戦した経験をお持ちです。

 

学歴も高いものを持っておられます。

上に学歴を挙げましたが、外国語に触れる機会の多い学校を選んでおられます。

上智大学では、英語の講義で国際経済や経営学を学んでおられるとのこと。

専門用語の飛び交うような授業も英語でこなしておられるというのは、なかなかのものですね。

 

前後しますが、高校は福岡インターナショナルスクール。

こんな記録がネット上に残っていました。

これは、「第32回 九州ジュニアゴルフ選手権競技組合せ表」に載っていたものです。

福岡インターナショナルスクールで、英語を磨いてこられたということになります。

 

それだけには飽き足らず、独学で韓国語を習得しておられます。

単に日常会話ができるというレベルではありません。

何と、昨年秋から、テレビや映画に出演する外国人タレントの同時通訳を務めることができるほどの腕前です。

今年の2月には、KARAの元リーダー、ギュリが出演する映画の撮影で通訳を務めておられます。

 

秋山真凜さんは元ゴルフ選手!

先にも挙げましたが、秋山真凜さんはプロゴルファーを目指しておられました。

中学時代から全国を飛び回りますが、ゴルフを勧めた母・千晶さんに帯同してもらってのプレーでした。

そのゴルフの成績はこのようなものが残っています。

2011 日本ジュニアゴルフ選手権競技 女子12歳~14歳の部 8位 T
2011 日本女子アマチュアゴルフ選手権競技 CUT 128位 T
2011 九州女子アマチュアゴルフ選手権 8位
2010 日本ジュニアゴルフ選手権競技 女子12歳~14歳の部 30位 T
2010 福岡県ジュニアゴルフ選手権南部大会 3位
2010 九州ジュニアゴルフ選手権 6位
2009 日本女子アマチュアゴルフ選手権競技 CUT 124位 T
2009 九州女子選手権 25位
2009 九州ジュニアゴルフ選手権 5位 T
2009 全国中学校ゴルフ選手権 5位 T
2008 全国小学生ゴルフ大会 女子の部 11位 T
2008 UMKジュニアゴルフ選手権 優勝
2008 九州小学生ゴルフ大会 優勝
2008 全国小学生ゴルフトーナメント決勝大会 3位 優勝
2007 九州小学生ゴルフ選手権大会 優勝
2006 佐賀県ジュニアゴルフトーナメント 優勝

http://www.jga.or.jp/jga/jsp/players/profile_26728.htmlより引用

 

なかなかいい線をいっておられますよね。

若くして素晴らしい成績を収めておられることがわかります。

しかし、残念ながら、ゴルフを諦めなければならない出来事が生じます。

それは…

スポンサーリンク

スポンサーリンク

秋山真凜さんの壮絶な過去

2011年に、その最愛の母、千晶さんが脳腫瘍で入院することになったのです。

お父さんは2014年までソフトバンクの監督を続けておられますが、真凜さんは高校に通うかたわら、3年間、お母さんの看病を続けられました。

非常につらい高校生活を送られたんですね。

その状況が続いたため、プロゴルファーの道は断念せざるを得ませんでした。

とても残念だったと思います。

でも、お母さんのためです、必死で看病されていたことと思います。

 

筆者も父が61歳の時、がんで亡くした経験がありますが、入院する家族を看病し、支えるというのが本当に難しい、苦しいものであることがよくわかります。

なので、真凜さんも、しかも10代なかばでそのような経験をしなければならなかったのはとてもつらかったと思います。

 

真凜さんと幸二さんの看病の甲斐なく、2014年12月、千晶さんは亡くなられます。

55歳でした。

 

しかし、母・千晶さんは真凜さんにとってとても大切な一言を残しておられました。

秋山真凜さんの芸能界入り

 

千晶さんは、自分につきっきりで他のことをあきらめる真凜さんの必死の看病を見て、ご本人も非常に苦しかったのでしょう。

このような言葉を真凜さんにかけられました。

 

「したいことをしなさい」

 

この言葉を胸に、真凜さんは何をやりたいのか、いろいろと考えられたと思います。

その結果、今年の正月に入って、真凜さんは幸二さんに、「メディアを中心に働きたい」と打ち明けられました。

当然幸二さんは驚きます。

しかし、「今では『頑張れ』と応援してくれています」と真凜さんは言います。

 

「スポーツキャスターやリポーターが当面の目標」だと言っておられます。

上にも挙げましたように、外国人タレントの同時通訳を務める「その過程で、海外からくるアスリートや芸能人を自分の力で取材し、紹介する仕事をしたくなった」ということで、芸能界入りを決心されました。

当面の目標は、東京オリンピックの出場選手に話を聞くこと。

『アダム・スコットやタイガー・ウッズの話を深く聞きたい」と意気込んでおられます。

 

その堪能な語学力を持ってすれば、海外アスリートの話を深く聞くことができるでしょう。

今まで私たちの知ることのなかった新たな一面や深い経験などを引き出すことさえできるかもしれません。

非常に楽しみですね。

 

スポンサーリンク

まとめ

非凡な才能を発揮する才女、秋山真凜さん。

最初はもったいないかなと思いましたが、その決意を聞くと、持てる能力を活かせる良い場所を選んだのかな、とも思えるようになってきました。

ぜひとも、アスリートと私たちの間に立って、一生懸命取材してきたことをリポートしていただきたいと思いますね。

そうすることで、お母さんの大切な遺言を実行に移した、と言えるのではないでしょうか。

スポンサーリンク

 

 

テキストのコピーはできません。